フェミ科研費裁判支援の会 

ご寄付をいただいた方へお知らせ

ご寄付を振り込みで頂戴していながら、メールアドレスが不明のためにメールマガジン他、ご連絡を差し上げることができていない方が多数おられ、まことに申し訳ない次第です。名簿整理を始めましたが、もしお近くに該当の方がおられましたら、下記の連絡先にご連絡いただけますよう、お伝えください。

「国会議員の科研費介入とフェミニズムバッシングを許さない裁判」支援の会(略称 フェミ科研費裁判支援の会)
HP  http://kaken.fem.jp/  連絡先 E-mail: info(★)kaken.fem.jp  (★)を@に変えて送信してください。


科研(基盤B)「ジェンダー平等社会の実現に資する研究と運動の架橋とネットワーキング」研究グループの4名の共同研究者が杉田水脈衆院議員を名誉毀損で提訴しました。杉田議員は、「慰安婦」問題を扱った研究を「ねつ造」と決めつけ、フェミニズムへの無理解によって研究を貶め、経費使用に不正疑惑をかぶせ、さらに「反日」というレッテルを多用して「国益を損ねる」研究に科研費を助成することは問題だと、各種メディアで繰り返しました。
このような学問の自由への攻撃、学術研究への権力の介入を許さない裁判を支援するために、わたしたちは会を発足しました。支援の会のサポーターになっていただく事はじめ、ご寄付、情報拡散などのご協力をよろしくお願いいたします。

サポーターになっていただける方はこちらから ご寄付・カンパはこちら
Facebook: https://www.facebook.com/femikakenhi Twitter:  @femikaken_shien


知とわたし――女性学、フェミニズム研究の視点から 第4回

“Love yourself first, then you can love others”


元山 琴菜(北陸先端科学技術大学院大学・講師)

”Love yourself first, then you can love others”
(まずは自分を愛しなさい、それから他の人を愛することができる)

これは私が19歳の時に、授業で先生が言った言葉であり、以来、私の人生を支え、今も大切にしている言葉である。思い返せばこの言葉は、私が「知」と出会う大きなきっかけを与えてくれた。

この言葉を初めて聞いた時、私は大きな衝撃を受けた。小さい頃から、「他の人に優しくしなさい」、「他の人は大事だよ」ということは教えられていたが、「自分を大切にしなさい」とか「自分を愛しなさい」ということを教わった記憶はほとんどなかったからである。その言葉は、その後の私の人生において、迷ったときに軌道修正してより豊かな人生を模索する力や自信、自尊心、自分らしく生きる意欲となり、自分の周りで起きているあらゆることがそれまでよりくっきり見える感覚を与えてくれた。

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知とわたし――女性学、フェミニズム研究の視点から 第3回

「わたしと知――フェミニズムに出会って」

岡野八代(同志社大学教授・フェミ科研費裁判原告)

 強い信念があったわけではありませんが、わたしは、高校時代から、日本社会で役に立つような仕事に就くことはしたくないと思っていました。当時一番好きだったのは、本を読むことでしたから、文学部への進学を望みながら、親との話し合い――女性はきちんと手に職をつけていないと、経済的に困ることになる――で、将来的な展望がじっさいにはあったわけではありませんが、社会科学系の学部を受験し、80年代後半に政治学科に入学しました。今思えば、政治学をしっかりと勉強したからといって、なにか社会に「貢献」できる仕事につけるわけではないのですが、政治学科にいながら、なるべく、当時のわたしは、あくまで自分の基準で「役に立たない」と思える科目を受講していました。とはいえ、政治学科を卒業するためには、一定の単位数以上の政治学系の科目を取得しなければなりませんでしたし、なにより、3年次より始まるゼミは、当然ですが政治学関連のゼミしかありませんでした。

 そのなかで、当時のわたしが最も「役に立たない」と考えたのが、西洋政治思想史でした。

 西洋政治思想史は、哲学者たちが政治とは何かをめぐり論じてきた、その歴史についての研究です。大学3年生となり、ゼミで最初に読んだテキストは、『ソクラテスの弁明』でした。ソクラテスは、ご存知の方も多いように、古代アテネで、〈正しいこととはなにか知っていますか?〉と聞いて回り、みなが知っているといいながら、結局は何も知らなかったということを発見する哲学者です。そして、自分だけが知らないということを知っている点で他のみなとは違うと、「無知の知」という、知を愛する者たちの心の中に刻まれる有名な言葉を残しました。

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知とわたし――女性学、フェミニズム研究の視点から 第2回

交差する文脈の中を生き抜くための知

荒木菜穂(日本女性学研究会)

社会は難しく、そして面倒くさい

女性学、フェミニズムと出会うと、「個人的なことは政治的なこと」ではないが、さまざまなことがらが、社会のしくみとともに考えることができることがわかってくる。「あたりまえ」とされているけれど、なんとなくモヤっとすることでも、その背景にある社会のしくみを知ることで、納得できるか、おかしいと思うか、自分の言葉で考えることができるようになる。先達による知の蓄積はその意味で、何物にも代えがたいものである。

同時に、ある程度、ある事柄についての議論を知るにつれ、社会は複雑で面倒くさいものだと感じる機会も多くなる。

私が社会って、人間って難しいな、イチかゼロでは語れないのだな、と思ったひとつが、いわゆる「エロ」についてのことだった。エロは女性差別的、性的搾取的な文化だとフェミニズム的には言うんだろうけど、エロを楽しむ権利もエロをお仕事にする権利も女性にはあって、それを否定するのってどうなのだろう、という。

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